綴るだけ

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 感情の上限下限が近づいてきている。

 マイナス補正され続け、ひたすらに負に塗れていた頃よりはましだけど。

 揺れ幅は小さいほうがいい。

 

 嬉しいと思ってしまうときに、笑っていたことを思い出すときに、少し後悔するのは。

 笑いましたと書く。文字を「打つ」文化がなければ自分はきっとここまで笑ったことを記さない。苦しいと呻く。もし本当に感情がなくなってくれたらこんな世界の片隅で言葉を紡ぐことはない。

 

 また、視力が0になることを恐れている。視覚を使わない「好きなこと」があまりない。もし見えなくなってしまったら。現実的に考えると現実になりそうであまりにも恐ろしいからふんわりとしか考えないようにしているけれど、ある朝とつぜんにということでなかったらそれなりに身構えられるのかもしれない。すべてを手放すことになるから相当余裕ができるだろう。いや、やはりそうなると生きている意味がないから、死を。